創業者が考案した炭鉱用ビニール送風管から半世紀。産業資材を扱う三晃化学株式会社のフィールドは時代と共に拡張し、渡邊民嗣社長自ら北海道産学官連携の推進役として活動する。2009年7月には本年度「地域イノベーション創出研究開発事業」に、同社も参画する新たなプロジェクトが採択されたばかり。プロジェクトの主役は聞き慣れない高機能物質「ベチュリン」だという。早速お話をうかがった。 (2009年9月1日)
※本ページの内容は取材当時のものです。
全国公募だった本年度「地域イノベーション創出研究開発事業・一般型」で認められた22件中、道内からの採択はなんとこの1件のみ。「白樺外樹皮から新規高機能性物質『ベチュリン』の製造開発」(管理法人/財団法人北海道科学技術総合振興センター)が選ばれた。プロジェクトを進める研究実施者たちは、三晃化学と室蘭工業大学、北海道立工業試験場、道立林産試験場の四者。北海道に自生する白樺が鍵を握っているのだという。
白樺の外樹皮には抗酸化作用を持つベチュリンという物質が含まれている。“抗酸化”といえば、健康・美容業界が注目する最重要キーワード。アンチエイジングや紫外線対策に欠かせない働きで知られている。だが、これまでベチュリンは抽出が困難かつ費用がかかるため飛躍的な研究成果は望めなかった。ところが、室蘭工業大学の田畑昌祥特任教授は長年の研究により、簡単かつ低コストなベチュリン抽出法で特許取得に成功。この室蘭工業大学のシーズとベチュリンを精製する三晃化学の技術を活用し、ベチュリン含有のUVクリームやバイオポリマーの実現化を目指す。
「田畑先生からの受け売りですが、白樺が白いのは“日焼け”したくないから。ベチュリン効果の一例です」
ここで話を三晃化学の創業時代に戻そう。平成の今では農業、酪農、土木、産業と幅広い分野を網羅する同社だが、出発点は炭鉱にあった。炭鉱内部に渡す送風管はその昔、大きくて重たいブリキ素材が当たり前。送風管を設置する作業が肝心の採掘に劣らぬくらい現場の負担になっていた。そこで創業者である後藤正元会長は、軽いビニール素材の蛇腹式送風管を考案。容積は従来の10分の1となり、坑道のカーブに沿った設置も容易になった。保安基準が厳しい炭鉱現場での使用に耐えうると北海道大学で安全性が認められてからは、道内各地の炭鉱で急速に広がっていった。続けて坑道から石炭を運搬する塩ビ製のトラフ(樋)も開発し、現在中国の採掘現場でも日常的に使われている。
炭鉱から始まった資材提供はその後、林業や農業へと向かった。茶畑の苗木を霜から守り適度に日光を取り込む「寒冷紗」や、収穫したビートを貯蔵する保温シートを次々と開発。保温シートは通気性や強度にも優れた高性能が評判となり、2001年の「新ビート産業将来ビジョン実現推進事業」の公認製品にもなった。
三晃化学の原点は炭鉱用ビニール素材の送風管。今は一般トンネルや下水道向けの「FLY送風管」も取り扱っている。
自社製品と卸販売の二本柱で営業を続け、これまでの取り扱い製品数はおよそ1000点。その三晃化学に実は商品開発部がないと聞いて驚いた。渡邊社長はその理由をこう語る。「当社が最も力を注いでいるのは、お客様のニーズを聞き取ること。本社に15名いる営業が常にお客様のもとに出向き、“こういうものが欲しい”という声を聞きとる体制です。当社の工場で作れるものもありますが、守備範囲が違うものはその道のプロにお願いするのがベスト。メーカーや大学関係者の知恵をお借りして試作品ができたら、お客様の所ですぐに試していただき、現場の声を反映できる点も当社の強みだと自負しています」。
人気製品から展開する姉妹品シリーズも多い。「資材会社はいわば産業界の毛細血管。細部にまで行き渡っていればどこかが詰まっても大事には至らないですみます」。機能やサイズなどニーズに応じた製品展開を増やす一方で、高性能化するバージョンアップを顧客が求めていない場合もあるという。「例えば農業資材ですと、“ビートの補植ができれば他の機能はいらない”という旧式の製品に対するニーズも依然聞こえてきます。バージョンアップが全てのお客様のご要望ではないという自覚も大切にしています」。
「当社の営業は既存製品のセールスが半分くらい。あとは常にお客様が何を欲しがっているかを探し続けています」と渡邊社長。
渡邊社長は、北海道中小企業家同友会産学官連携研究会(通称HoPe)の発起人にも名を連ねている。現在、HoPEの会員企業は約200社。「中小企業の中にも自社のアイデアを活かした製品開発を進めているところはたくさんあります。ただし、“わが子可愛さ”のあまりの固執は禁物。行政や大学など外部の視点をいれたブラッシュアップを経験されてみてはどうでしょうか」。
HoPE会員の200社のうち、採算ベースに乗るような成功例が年間1件誕生するとしよう。「自社の出番は200年に一度の計算になります。これは極論だとしても、では日の目が当たるまでじっと待つのかというと、それももったいない話です。要はその間に産学官連携を活かして、自社のCI戦略や製品のブラッシュアップをすることがどれだけ会社のメリットになることか。HiNTさんをはじめ産学官支援団体はどこも熱心に話を聞いてくださいます。HiNTのコーディネーターさんたちは人脈も知識も豊富。そうした方々と話すだけでも、経営者のスキルは確実に上がっていきます」。社員の遥か先を歩く経営者であり続けることが企業の成長を大きく左右する、と渡邊社長は強調する。
HiNTやHoPEの人脈を通じ、三晃化学では自社製品のデザイン戦略も進めている
さて、もう一度「ベチュリン」である。北海道の白樺から抽出される高機能物質ベチュリンは、安心・安全の天然植物由来。室蘭工業大学や道工試と共に、化粧品やバイオポリマーなど海外展開も視野に入れた製品開発が始まった。三晃化学の新たな柱ができましたね、と水を向けると意外な答えが返ってきた。
「この事業を一部の企業や団体だけで抱え込むようなものにはしないでおこう、というのが関係者全員の見解です。製造に関わる秘密保持などの面で当社は役割を担っていますが、基本は関心をお持ちの企業にどんどん参画していただき、“北海道ベチュリンコンソーシアム”を形成したい」と渡邊社長。本州企業に素材ごと委ねるのではなく、北海道で育てていく地場密着の産業へ。北の大地に根を張る白樺から新たな産官学の結晶が誕生する。